週末、オペラを観てきました。
ロッシーニ作曲の「チェネレントラ」です。 お話は「シンデレラ」なのですが、ガラスの靴も妖精も出てきません。
彼女を見出すのは、哲学者であり王子の家庭教師である人物です。 家庭教師にその娘を薦められて、王子は娘たちの本心を探るべく、 従者を王子に仕立て上げ、自らは従者としてチェネレントラのいる 男爵家を訪ね、男爵と娘たちをお城に招きます。
従者に扮した王子とチェネレントラはお互いに一目で恋に落ち、 チェネレントラは、義理の父親に「舞踏会に連れて行ってくれ」 とすがります。 自分の娘たちを王子と娶わせたい義父は、 チェネレントラのことを「娘ではなく小間使いである」として 家に置き去りにします。
義理の父親と義理の姉たちは、王子の気を惹こうとしますが、 従者には高慢な態度を取ります。 一方、チェネレントラは、王子の家庭教師に連れられて、 着飾った姿で登場しますが、王子には目もくれず、 「貴方の従者をお慕いしています」と王子の求愛を跳ね除けます。 そして、彼女に愛を告白する従者に対し、 「本当の自分を見てください。このブレスレットで私を探して。」 と言って城を去ります。
従者の衣を脱ぎ捨てた王子が再び男爵家に立ち寄り、 そこに愛しい相手を見つけ出し、二人は目出度く結ばれます。 王座に上る者として相応しくありたい、と言って 義理の父親と姉たちの所業も許されます。
勿論、歌手の方々の素晴らしい歌と演技があってのことですが、 一般に知れ渡っている、ただ清く正しく美しく待っているだけの 「棚ぼた式」の娘ではなく、 理想の姿を持って自分を律して努力する姿が、 多少説教くさいものの、心を打ちました。
やはり、他人を貶めて自身を高く見せるのではなく、 他力本願でもなく、 自身の欲する高みに向かって、自らを磨いていきたいものだ、 と思いました。
週末、オペラを観てきました。
ロッシーニ作曲の「チェネレントラ」です。
お話は「シンデレラ」なのですが、ガラスの靴も妖精も出てきません。
彼女を見出すのは、哲学者であり王子の家庭教師である人物です。
家庭教師にその娘を薦められて、王子は娘たちの本心を探るべく、
従者を王子に仕立て上げ、自らは従者としてチェネレントラのいる
男爵家を訪ね、男爵と娘たちをお城に招きます。
従者に扮した王子とチェネレントラはお互いに一目で恋に落ち、
チェネレントラは、義理の父親に「舞踏会に連れて行ってくれ」
とすがります。
自分の娘たちを王子と娶わせたい義父は、
チェネレントラのことを「娘ではなく小間使いである」として
家に置き去りにします。
義理の父親と義理の姉たちは、王子の気を惹こうとしますが、
従者には高慢な態度を取ります。
一方、チェネレントラは、王子の家庭教師に連れられて、
着飾った姿で登場しますが、王子には目もくれず、
「貴方の従者をお慕いしています」と王子の求愛を跳ね除けます。
そして、彼女に愛を告白する従者に対し、
「本当の自分を見てください。このブレスレットで私を探して。」
と言って城を去ります。
従者の衣を脱ぎ捨てた王子が再び男爵家に立ち寄り、
そこに愛しい相手を見つけ出し、二人は目出度く結ばれます。
王座に上る者として相応しくありたい、と言って
義理の父親と姉たちの所業も許されます。
勿論、歌手の方々の素晴らしい歌と演技があってのことですが、
一般に知れ渡っている、ただ清く正しく美しく待っているだけの
「棚ぼた式」の娘ではなく、
理想の姿を持って自分を律して努力する姿が、
多少説教くさいものの、心を打ちました。
やはり、他人を貶めて自身を高く見せるのではなく、
他力本願でもなく、
自身の欲する高みに向かって、自らを磨いていきたいものだ、
と思いました。
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